2025年12月21日(日)に公開。
「不完全な跡(Hand)」に、「完全な理(Code)」を宿す。
現代、AIによって「完璧で綺麗な絵」は一瞬で生成されるようになりました。だけど、そこには人の「上達の痛み」と「時間の重み」が欠落しています。
「クリエイティブコーディング・ドローイング(CCD)」は、鉛筆画の修練(Hand)と、数学的な論理(Code)を融合させ、「人間の上達の跡(Trace)」を可視化・拡張する新しい表現ジャンルです。
CCDの核となる3つの定義
CCDにおいて、表現の主役は常に「手描きの線」です。
- 鉛筆画の主役性(Hand-Centric): ブラックウイングなどの鉛筆が紙を削る音、筆圧の強弱、円の練習で培われた「歪み」をそのまま主役として扱う
- 論理による生命の吹き込み(Logic-Infusion): コード(Processing/p5.jsなど)は、その鉛筆の線を「動かし」、あるいは「光を宿らせる」ための、いわば生命の装置として機能します。
- 上達のドキュメンタリー(Mastery Trace): 完成した「作品」を提示するだけでなく、描画プロセスそのものを発信し、工夫と改善と時間の重みを乗せた「跡」として提示します。
クリエイティブコーディング・ドローイング(CCD)の価値数式

変数の定義
- Hand (Trace):ブラックウイングなどの鉛筆で描かれる「不完全な手描きの線」です。描く円や線の持つ「生々しい生命力」を指します
- t (Time / Trace of past):ここが最も重要。 耐え忍んできた「27年(2025年時点)やこれからの上達」という時間の重みでもある。これは単なる足し算ではなく、「指数(べき乗)」として機能します。
- Code (Logic):Processingやp5.jsなどの「完全な論理」です。手描きの線に動きや光を与え、その表現を拡張する装置としての役割を果たします。
Handを使っていない数式との違い
似た数式を使っているLSPではHandではなく、-Handを使っています。
その理由は以下の表で解説しています。
| 比較項目 | LSP (Source−Hand)t (表現が生まれる瞬間の内部エネルギー) | CCD(今回の記事)とCCI Hand(Trace)t (出力された結果・アセット) |
| フォーカス | 創作時の「内部エネルギー」:理想と現実の摩擦に注目 | 出力後の「資産価値」:残された結果の希少性に注目 |
| 視点(パース) | アーティストの主観:描いている本人の葛藤や手応え | 世界・読者の客観:目に見える「跡」やブログのインデックス数 |
| Handの役割 | 理想からの「引き算」:完璧にいかない不自由さ(人間性の証明) | 唯一無二の「跡」:AIには真似できない、身体性が刻まれた物理的な価値 |
| 生み出されるもの | 魂・情緒・熱量:摩擦から生まれる「人間臭さ」 | 権威性・資産・信頼:15万記事という圧倒的な「物量と証拠」 |
| 主な用途 | A-001等の「執筆の動機」:なぜ描くのかという哲学の核 | CCD/CCI等の「作品の価値」:なぜこの絵に価値があるのかの証明 |
クリエイティブコーディングイラストレーション(CCI)との明確な境界線
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ワタタクが提唱する「MASTERY TRACE」には、二つの翼があります。
| 項目 | CC・ドローイング (CCD) | CC・イラストレーション (CCI) |
| 主役 | 「鉛筆の線」そのもの | 「コードが描く世界」 |
| 表現 | 真実、痛み、上達の跡 | 理想、驚き、新しい美 |
| 手法 | 線の揺らぎ、ASMR、動的強調 | テクスチャ、幾何学模様、色彩拡張 |
CCDをやろうと決意できたエピソード
2025年12月20日(土)に見た夢で、「沖縄のような開放感のある場所で、日に焼けた女性が、すっごい笑顔で楽しそうに僕に話しかけてくれていた。」
それは「やっと私というジャンル(CCD)描いてくれる人が出てきた」という意味だったんじゃないかと感じた。
だからCCDを描いていこうと決意できた。(同じ日に始めたCCIも描いていこうと決意した夢です。)
2025年12月21日(日)、ここから跡を刻み始める。
