ワタタクどうも上達の研究家のワタタクです。
冬の早朝。冷えた空気の中でモレスキンを開きました。今日描いたのは、包絡線による幾何学模様 【A-009】 です。しかし、描き終えた瞬間に僕を襲ったのは、言いようのない「違和感」でした。
この記事を書いた人


上達の研究家 / アーティスト
「才能」ではなく「発見」で描く。文系・36歳からの上達ハック。
- ゼロから独学でクリエイティブコーディングに挑戦し、以下の実績を達成
- 開始1年8ヶ月目までに公募6つに挑戦し、3つ入選(勝率50%)
- 開始1年9ヶ月目に、虎ノ門ヒルズ49階、地上250mのインフィニティプールへ作品提供・展示
- ※この実績を経て、手描きの表現を取り入れるために以下を導入。
- 【愛用ツールと活用術】
- 覚悟の証(レビュー):ブラックウイング×モレスキン アトリエセット(No.179)
- 活用術:「上達」をシステム化する、モレスキン6冊の運用設計図
使用品
ノート:モレスキン カイエジャーナル NASA限定版
鉛筆:トンボ 8900 B
カメラ:iPhone 17 Pro Max
フリーハンドが招いた「中途半端」という罠


今回の練習では、あえて定規を使わずにフリーハンドで挑んでみました。結果として見えてきたのは、数学的な美しさからは程遠い「子供っぽさ」でした。
- 定義の欠如: 線がぐにゃぐにゃと曲がることで、図形の輪郭がぼやけ、どこか締まりのない表現になってしまった。
- 意図の不在: フリーハンドの揺らぎが「表現」ではなく、ただの「技術不足」や「中途半端な表現」に見えてしまう。
- 秩序の崩壊: 本来、直線の反復によって曲線を生み出す「包絡線」の論理が、線の歪みによってかき消されてしまった。
2025年11月24日と25日に初めて書いて以降、描いてなかったので、書き方もうろ覚えで描いてしまいました。その結果形が崩落したようにも思えるぐにゃぐにゃした包絡線に。
最初に描いた包絡線は以下の記事のA-001でご確認していただけます。


定規を使うことで宿る「品格」
【WSN : L-002】 では、デジタルで完璧なアステロイド曲線を描きました。あの圧倒的な美しさは、一本一本の線が「正しい位置」に配置されているという安心感から来ています。




アナログの練習においても、定規を使って「規律」を導入することは、図形に「品格(Dignity)」を与える行為なのだと痛感しました。定規は決して楽をするための道具ではなく、自分の震える感性を「秩序」というレールに乗せるための、僕にとっての補助線なのです。
定規を使っても「人間味」は消えない
ここで一つの問いが生まれます。「定規を使ったら、デジタルと同じ無機質なものになるのではないか?」
答えは「NO」です。モレスキンの紙質、鉛筆(Tombow 8900 B)の濃淡、定規を当ててもどうしても発生するわずかなズレ。そうした 「管理された中での不完全さ」 こそが、デジタルのコードでは出しにくい「人間としての温かさ」になります。


「ただ、このような揺れは、クリエイティブコーディングでは出しにくい。人としての温かさ的なものも、あるっちゃあるなぁ。包絡線をしっかり練習しような。」 —— ワタタク カイエジャーナル NASA限定版 P.5 思考の断片より
一(One)の規律が、全(All)の宇宙を作る
一本の線を、定規を使って誠実に引く。この「一(One)」の規律を積み重ねることで、最終的に「全(All)」としての作品に品格が宿ります。僕の提唱する 「One is All, All is One」 というマニフェストは、定規を握るその手にも宿っているべきだと気づきました。


終わりに:次なる一歩「A-010」へ
今回の失敗と気づきは、僕を「中途半端な自分」から一歩先へと進めてくれました。次の「A-010」では、定規という秩序を正面から受け入れ、アナログならではの「冷たさと温かさの共存」を狙いに行きます。
上達の道は、自分の「未熟さ」を定義することから始まります。
前回のアナログの上達:逆らえない「重力」と「違和感」。下から上へ引き上げる縦線の修練【WSN: A-008】

